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"衝動"

04-15,2015

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世界はいつも動いている。



さっきと同じものは、もう今この瞬間にはない。


すごく調子の良いとき、
たとえば
仕事がうまく行った時、
ライブに行って爆音を聞いて踊っている時、
好きな人と一緒にいる時、
心が震える本に出会った時、
デザインや絵を描いている時、

世界は一瞬のきらめきの連続でできているのだという感覚を掴むことが出来ることがある。
もう二度と経験できない瞬間たちの知覚。





twitterに、フリカエッターというアプリがある。昔のつぶやきから順に遡れる機能。
面白そうなのでそれで自分のつぶやきを見てみたら一番上の方に来たのは
2013年10月のMathew Jonsonのライブのつぶやきだった。
めちゃくちゃよかったらしく、今年ベストライブはKraftwerkかMathewかやなとか言ってたわりに
翌月の11月、System7×ROVOのライブに
さらにめちゃくちゃ感動したらしく、こんなライブにはもう会えないかもって何回もつぶやいていた。
この時、確かに一瞬のきらめきを掴んでいたという”記憶”はあるけれど
結局その瞬間に感じた感覚って時が経てば忘れてしまって
残るのは「すっごくよかった」っていうぼんやりとした感覚でしかない。
そして日常に「すっごくよかった」が溢れている私はすぐに忘れちゃうので、
忘れて、感じて、忘れて、感じて、を繰り返す。いろんなこと。





忘れることをわかっているから今を大切にする。
それは宇宙のパラドックス。
自分を受け取ってもらう瞬間も、相手を受け取る瞬間も、
快感はいつも自分以外の存在と”繋がる”ことにある。
そう、私はいろんな人や世界と繋がりたくてたまらないし、繋がることが最もピュアな快感でもあるのだ。
いや、むしろ繋がりたい衝動が全てを動かしているような気さえする。
私だけじゃなくて、きっと世界も。
仕事、読書、音楽、自己表現、喧嘩や戦争すらも
全て表現方法が違うだけで、
みんな、欲しいものは繋がっている感覚、じゃないかしら?



自分というフィルターを通して世界と繋がるために
人は作品を生み出すし
恋をするし
遊ぶし
喧嘩するし
いじけるし。






こないだ読んだ本に地球は”せつない星だ”って書いてた。
こんな表現をする人、美しくて好き。
終わりがあるものは幸せだし美しいし悲しいしせつない。
生きるってロマンティックだね。

















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