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軽い近況報告と量子物理学

01-21,2015

Hi!お久しぶりです。


みなさんお元気ですか?
わたしは元気です。
前は書きたいことが溢れ出ていたのに今はあんまり思い浮かばなくてうっかりここを放置してしまいました。
人間満足してしまうと表現への情熱が減りますね。
欲は自分を突き動かす素晴らしい原動力なのだと感じています。


企画という仕事の日常が地味なことは同業者のみなさんは重々理解しておられると思いますが、Liv:raちゃんもひっそりと春夏の準備を始めています。
新しい取引先さんも増えてきました。出会いってすばらしい!
と、それとは別に、フリーでテキスタイルのデザインなんかもちょっとづつしています。これが楽しいの。とっても。
追っていろんな報告ができればと思っています。
最近新しいmacをgetしてデザインの幅がとても広がったので幸せ。





最近のホットな話題といえば、量子物理学というものにハマっています。
みなさんご存知ですか?量子物理学。
詳しいことはgoogle先生に聞いていただくとして、簡単にわたくしが説明するとですね。
量子物理学のはじまりは、科学者たちが原子よりも小さく、
それまでにわかっていた物理学の法則では説明のできない動きをするごく小さな粒子を見つけた頃
だそうです。
量子物理学の分野で活躍したデヴィッド・ボームという科学者は
その原子よりも小さい粒子の不思議な動きについて説明するには、私たちの現実が幻想であると
結論づけるしかないと考えました。
私たちが一番リアルで動かし難いと思っている現実が、実はただの幻想なのだというのです。
つまりファンタジーです。
マトリックスです。
そして、量子物理学の研究者たちは物理学よりももっと深い場所にその粒子たちに命令をしている
「知性のエネルギー」が集まる
巨大なフィールドを見つけたのです。
これが、どうやら、神だったり創造主だったりアカシックレコードだったり生命の樹なんて
色んな名前で呼ばれている例のアレっぽいんです。
つまりですね、バカな私が噛み砕いて言うと、
すべての物質は、全部例のアレ=神が意図して作った妄想っていうことが、量子物理学で解明されたっぽいということです。
(量子物理学自体がアバウトな世界なのでこの表現)

生命はただの電気信号ではなくて、まず意識があって物質がある。
想像したことが物質になるのだから地球も植物も動物も人間だって
意識がつくったのです。
おおざっぱにまとめると意識のみで存在が可能だから、幽霊も死後の世界も潜在意識も天使も悪魔もパラレルワールドも
ぜんぶ説明できちゃうんですよね。


物理学が神の存在に近づいているんですよ!奥さん!
なんてーーーロマンチックーーーー!!
ハァハァ。。


そしてそうなると人間の意識も物質を作る力を持っているわけで。
もちろん願望実現の力を持っているわけで。
引き寄せの法則とか、いろいろなところで言われていることの説明もできちゃうわけで・・・



これ以上語るときっと
このブログに出版社からオファーがきてベストセラー作家になってしまいそうなのでこの辺でやめておきます。
(うそですごめんなさい)





とまぁ、こんな感じで私はとても探究心が強くて、日々引きこもって色々な事を調べています。
一番興味のあることは哲学や精神世界、芸術なのですが
もう少しベクトルが違う方向であれば中々ハイクオリティなストーカーかものすごい二次元厨になっていたと思うのでよかったなぁと思います。(神様ありがとう)
世界には様々な形をした精神哲学があります。
仏教、バシャール、引き寄せの法則、老子、占星術、いろいろな心理学・・・

でもやっぱり、どれを学んでも行き着くところは一緒なんですよね。

学べば学ぶほど、私が触れる哲学のすべてが、「今を楽しむこと。」に繋がっているような気がするんですよね。


すごく複雑な構造を創るためには、プラットフォームがシンプルであることが大切です。生命のプラットフォームのコンセプトは、私の考えが正しければ間違いなく
「今を楽しむこと」でしょう。



というわけでだいぶと話がぶっ飛びましたが私が言いたいことはシンプルです。
一度きりの奇跡みたいな今を楽しみましょう!



私は今からまた新たな探究に出かけます。
答えはわかっているのになぜ繰り返すのかって?それはね、楽しむためには結果よりもプロセスが大事だからって知っているからよ。
アディオス!
























自分らしくあるということ。

12-19,2014


自分らしくいる、という言葉はとてもシンプルで明瞭な響きをしているけれど、
当たり前すぎて気付くことの難しい自分自身の思い込みの癖は本当の自分らしさというものをいとも簡単に隠してしまう時がある。


私は思い込みの激しい性格だったのですが、(過去形としよう)
最も顕著に現れていた特徴のひとつは
いつも二極・・・正しいのか間違いか、正義か悪か、黒か白か・・・を測る自分のものさしに振り回されていたという事。
正しさと間違いを独自基準で判断して、自分と人を図っていたのだ。

本来の自分ではない、作り上げたものさしによる虚像を自分らしさと長年思い込んでいると、それが当たり前なので自分では全く疑問に思わなかったりする。
自分の考えが絶対に正しいという
一つの意見に固執して、違う意見の人を理解しようとしない頑固な部分も、
人よりも勉強して賢いが故の「自分らしいこだわり」と定義してしまったり。










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衆院選が終わった。結果はほとんど変わらなかった。政治は国民の象徴なので、日本という社会は二年前とほとんど変わっていないことを意味している。
だけど、社会の動きとは別に
私は二年前から大きく変わった。
そして私が変わるだけで私の世界も大きく変わった。

あの頃信じられなかった日本という国家、自分と逆の意見、周りの反応はもうほとんど気にならなくなった。
代わりにあるのは、周りにいる人への感謝と、好きなことをして生きている幸せ。
本当にありがたいありがたい。
昔のように頑固で「こうであるべき」という考え方はほぼなくなって、
「いいんじゃない~」が口癖のすっかり軟派キャラ。


実は私達はいつでも起こる出来事を違う角度、側面から見ているにすぎない。
そこに、「正しさ」や「間違い」という評価を味付けするのは個人の価値観やその時流行している「常識」で、本当はあるべき正解なんてどこにも存在しないのだ。
真実という言葉はなんてあやふやで実態のないものなのだろう。



善悪は立場によって変化するとてもとても曖昧なモノ。だから、はじめからそんなものさし自体が必要なかった。
起こる出来事はただ流れの中で起こっただけで、それに対して自分を正当化する必要も、誰かを否定する必要も、ない。
そんな風に思えた時、自分の中で大きく何かが変化した。
生きる事が楽になったのだ。
とても。


張りつめていた糸が切れたように、色んなことがどうでもよくなって
人にどう思われようが・・・気にならないことはないけれど、今では受け入れることが出来るようになった。
これは自分にとっては大きくてポジティブな変化だと思う。人の意見にほぼ左右されることなく、自分の意見にも固執しない、という流れるようなフラットな感覚でいられることは流動的な自分自身をいつでも
「自分らしさ」に導いてくれる。


自分らしくあるということは、自分を周囲に表現することでもある。
私はデザイナーという仕事をずっとしてきたけれど、自分を表現することはいつも本当に怖かった。
それは何故なのか今ではとてもよくわかる。
私は自分を表現する人を、自分の心の中で批判し続けてきたから。

自分を表現するということは、一歩前に出るということで、
好きだよと言ってくれる人が増えると同時に、好きだと思ってくれる人ばかりではないということを
受け入れることでもある。
そしてそれを怖がらずに受け入れたとき、もっともっと本当の自分に出会える。
踏み出すことなんて何も怖くなかったんだと踏み出すたびに思える。
踏み出すことで失敗も多く経験するけれど、
うまく出来ない自分のことを責める必要なんて何もないし、たいがいのことはいつだって何とかなる。
運命は決まってなくて、いつも「今この瞬間」から未来を選ぶことが出来るんだと感じることができれば、自分の内側のパワーを感じて強くなれる。
何をするかは本当に自由で、何かを成し遂げたっていいし、別に成し遂げなくたっていい。表面的な解釈よりも、感じ方が大事。
笑ったりはしゃいだり、泣いたり怒ったり、
私は私のままでいい。
「私のままでいいんだ」ということを自分に許可してあげることで、
生きることは本当に楽になるし、他の人の選択にも寛容になれる。
そして不思議と
人によく思われたい、
成功したい、
お金が欲しい、という執着もだんだんなくなっていく。
なくなっていくと同時にそれらがどんどん手に入ってくるのだから、
宇宙はやっぱりパラドックス。



自分らしくあるということは自分が自分でいいんだ、ということを知ってすべてを受け入れることだと思う。
自分の長所は同時に短所でもある。
どの角度から見るかは、自分次第。
いつだって自分らしさという手持ちのカードの中から未来は切り開かれていく。
人と比べる必要はないんだ。
だって必要なカードは全て今ここで、自分が持っているんだから。




踊る本棚②

12-10,2014

odoru-hondana02.jpg

久々のブログ更新です☆

いつのまにか秋が終わって冬になっている。
早いものですね。

もうすぐ2015年。2015年っていう文字列の未来感すごくないですか?
私、2011年にもう文明は終わるんだってマジで思っていた時があって。笑
だから2015年が平和にやってくることがちょっと不思議な感じがします。
平和って素晴らしい~!平和最高です☆



さてさて今日はまたおすすめの本の紹介をしたいと思います(^^)
紹介したい本がたくさん溜まっているんですが、その中から何個かPick!




まずはこれ。ちょっと時間が経ってしまっているんですが。

現実脱出論 (講談社現代新書)現実脱出論 (講談社現代新書)
(2014/09/18)
坂口 恭平

商品詳細を見る


現実脱出論 坂口恭平


現実って、なんだと思います・・・??
たとえば、あなたとわたしが同じ空間にいるとして、
あなたとわたしは同じ現実を体験しているのでしょうか?
それとも、実はあなたとわたしに見える現実はまったく別のものなんでしょうか?
現代社会で絶対的な現実主義というものは
はたして真実なのでしょうか?
わたしたちが見ている現実とは実はもっと曖昧なものなのかもしれない。
自分の感覚しだいでどうにも不安定にもグニャグニャにもなる「現実くん」の様子の描写を読むことで
「もしかすると現実とは想像の産物なのかもしれない」
この本は、そんな風に思わせてくれる。




この本を読んで一番に思いつく感想は、
「ちょっと天才すぎる」でした(笑)
自分の意識をここまで繊細に言葉に出来る人はなかなかいないと思う。
天才すぎる故に意味がわからなかったりする部分もあってちょっと難しい。
が、そんな読みにくさを凌駕するぐらい引き込む魅力がこの本にはある。
ちなみにわたしは子供の頃、いつもこの現実は嘘で裏でこの現実を仕切っている人々がいると
信じている時がありました。
たぶん、同じような感覚を持っていた人はたくさんいるんだろうな。
ぜひともそんなテーマで語ってみたいです。



天才・坂口恭平が感じる
「現実くん」からの脱出方法を
すごーく繊細に、独自の視点と手法で書いた不思議な本、冬のこたつと共にどうですか。
あなたも五感を駆使して「現実くん」から脱出してみよう!












続きまして~

人生を変える波動の法則人生を変える波動の法則
(2010/07/21)
ペニー・ピアース

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なんてダサいデザインっ!!っていうのはおいといてください(笑)
コレは素晴らしい本ですよー!

「波動」っていう言葉を知らない人はすでにいないと思います。
物質にはすべてに波動があって、止まっているものは何もないという事実は化学の世界でも
解明されてきていますよね。
それを「実は思考や感情にも波動がある」と解釈するのが
この波動の法則だったり、有名なところでは引き寄せの法則だったりします。
上記の法則たちはスピリチュアルなイメージがありますが、
実は理論的で科学的にも解明されつつあるところがおもしろいところです。

なんとなーく、この人と会うと元気になる。とか、
あの人に会うと嫌な気分になる。
とかありますよね。

これはすべて波動のしわざで、単純に自分の波動に合っていない人や場所は
居心地が悪いし、
自分の波動に合った人や場所はとても楽しいのです。

波動には高い、低い、があって、
低いものは恐れや不安、怒りなどの感情で、
高いものは愛、感謝、喜び、自信など。

ラジオの周波数を合わせると音が聞こえるように
同じ波動は共鳴し合うので、「類は友を呼ぶ」の言葉通り
同じ波動をもった人たちが自然に集まります。
そして、自分に起こる現実も同じ波動のものしか現れません。


みなさんもちろん、愛と感謝で成り立っている高い波動で生きたいですよね。
だってその波動になれば、出会う人も起こる現実も喜びしか起こらなくなるから。
そこでこの本が、
波動を高めるにはどうすればいいか とか
どうすれば波動を高く保てるのか とか
そもそも波動ってなんなのか とか

こまかーく教えてくれます☆
もう見せかけのポジティブ競争をする必要はありません!
全ては波動なのです。
人生をゆるく楽しくハッピーに生きたい人にめちゃくちゃおすすめです!ぜひ!








ラストは!!コレー!


あるがままに生きるあるがままに生きる
(2009/10/29)
足立 幸子

商品詳細を見る


あるがままに生きる
足立 幸子


コレはかなり不思議な本といいますか。。
普通っぽい顔しながら内容としてはまぁまぁ、、、いや、だいぶぶっとんでます。


まず。
アマゾンのレビューですよね。39件あって☆4.9。
ほぼ☆5なんです。
わたし、エンゲル係数の大部分を占めているのが本なので、
アマゾンはめっちゃ利用するんですよ。
で、どーーーーんなに素晴らしい本でも、これだけのレビューがあってほぼ☆5は見たことないですねぇ。
だいたい、評価ってわかれるんですよね。
☆5だらけでもたまに☆1がいたり。
これだけレビューがそろっていてほぼ☆5なのは、流石だなぁ・・・と思います。


本の内容は、足立 幸子さんという絵を書くアーティストさんの1992年の講演の話を本にしたものです。
1992年と聞いてびっくりしたんですが、
古いどころか2014年の今でも社会がまったく追いついていない、新しくて素晴らしく意識の高い本です。
ですが、かしこまった内容ではまったくなく、
「直感」を信じれば人生はうまくいく、という非常にシンプルなことを
背伸びせず経験として教えてくれています。

すごいこと言っているんですけど、まったく偉そうじゃないんですよね。
普通っぽい人(普通じゃないけど)が素朴に、なんてゆうか主婦の井戸端会議みたい(失礼かな!??w
)に宇宙の真理を話している。
なんだかそれがまさに「ありのままに生きる」ってことだなぁ・・・と感じました。

特別なことじゃないんだよね。引き寄せとか波動の法則だって。
好きなことをして幸せに生きるのは本当は当たり前のこと。
人として生まれたからには当然のこと。
特別感を出すから逆に難しくなったり求めすぎてうまくいかなかったり。
本当はとてもとてもシンプルなことなんだよね。

「直感で生きる」という意味のシンプルさを教えてくれる素晴らしい本でした。
興味のある方はぜひ☆








おしまい!ピヨピヨ




展示会終了☆。.:*・゜

10-24,2014








無事展示会終了しました(^^)

たくさんの方に来ていただきまことにありがとうございました!

色んなお話が出来てとても楽しかったです。

made in japanを探している海外の方がとても多かったのが印象的でした。


関係者のみなさま、ご協力いただいたみなさま、改めて素敵な機会をありがとうございました!!




10-14,2014


おばあちゃんが亡くなった。



数か月前から覚悟はしていたので、電話をもらったときもなんとなく予想がついていて、
あぁ、ついにきたか、と、あんまり驚くことはなかった。



最後に話したのは先週の土曜日。
いつもお見舞いに行くと寝ていてもすぐに起きるおばあちゃんが
その日はちょっとしんどそうだったから、
もう帰るね、また来るから。と言ってすぐに帰ってしまった。
おばあゃんは寝ぼけながら
もう帰るんか? と何度も言っていた。
わたしは何度もまた来るよ、と言った。


それがおばあちゃんと話をした最後。





実は私は5歳の頃、一年ほどおばあちゃんに育てられた。
だから人よりはおばあゃんっ子なのかもしれない。
おばあちゃんは町の人気者でいつも周りに人がたくさんいて、
私もたくさんの人に可愛がられて育った。
大人になっても末っ子気質なのはその経験があるからなのかな(笑)
今でもいろんなことを覚えているけれど、
おばあちゃんが人気者だったのはきっと誰よりも優しかったからだと思う。
道で会うぜんぜん知らない人に笑顔で話しかけたり
お金なんかないのにお金をあげたり物を買ってあげたり。
自分のことよりもまず人のことを一番に考えるおばあゃんを、
わたしは心から尊敬している。





数か月前、そんな大好きなおばあちゃんが癌だと知った。
癌は転移していて、いわゆる末期癌というやつだ。
うちの家は抗がん剤も手術もしないことにして、ただ見守ることに決めた。
わたしはただ祈っていた。
なんとなく昔から、死の瞬間はきっと自分で決めるものなんだろう、と思っている。
苦しい思いをしながら生きるのか、
安らかな死を選ぶのか、どちらが正しいかなんて測りしれない。
生きていてほしいと思ってしまうのは生きている人間のエゴでもあると思う。
だから、いつ死ぬかは、おばあちゃんが決めること。
だからただ、それまでおばあちゃんが安らかで苦しまず、
楽しんでいられるようにと
毎日寝る前に祈っていた。




病室にお花を欠かさないようにしたり、
昔の写真を持って来たり、おばあちゃんの食べたいものを持って来たり。
わたし達だけではなくて、友達みんながおばあゃんに元気になってほしくて、
いろんな工夫をした。
だけど日に日におばあちゃんは弱ってきて、
だんだん歩けなくなってきて、
話をすることも難しくなって、
ついに昨日意識不明になった。





誰も何も言わなかったけれど、覚悟をしなければならない時が来たのは
暗黙の了解だった。
救いだったのは、すごく顔色もよくて、安らかな顔をしていたこと。

「あれだけ癌が移転してるのに、痛くないって言ってて、薬もずっと飲んでなかった。
普通みんな痛がるねんで~おかしいよな~不思議やね~」
と母が言っていた。
おばあちゃんにわたしの祈りは届いていたのかな。
だとしたら、きっと、最後の瞬間を決めたのもきっとおばあちゃんだね。
昨日は台風が近づいていて、みんな台風が本格的になる前に帰ってしまった。
亡くなったのは今日の朝。
それはとっても気を使うおばあちゃんがやりそうなこと。

最後は会えなかったけど、
優しい死を迎えてくれたなら、それでいい。





最後の方は何言っているのかもうよくわからなかったおばあちゃんがなぜか
わたしの履いているLiv:raのスカートを何度も気に入り、
わたしがファッションの仕事をしていることもあんまり覚えていないのに
「仕事がんばりや」と何度も言ってくれた。



わたしがんばるよ、おばあちゃん、ありがとう。




告別式が済んだら今週末はファッションショーで週明けは展示会。
仕事も大詰め。
今は少し思い出に浸ってから、前に進もう。


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